
1959(昭和34)年11月1日、京都市南区に編入された久世には、受け継がれてきた伝統や文化、そして助け合いから生まれた人と人との温かなつながりがあります。
この地域で育ち、多くの人に支えられてきたからこそ、今度は自分が
できることで地域の力になりたい。
地域の行事や活動に関わりながら、久世の魅力や大切にされてきたものを
守り、次の世代へつないでいく。
こころのふるさとはひとりひとりに色いろな形があるように想っています。

2008(平成20)年10月18日、JR桂川駅の開業に伴い、一般には、「桂川」という言葉が馴染みあるものになっていると思われます。
商業施設の発展とともに、新設マンションの開発等が進む中、地域の子どもたちのことを地域で見守っていこうとする温かな姿勢が随所に散りばめられている地域と言っても過言ではないでしょう。
また、久世には歴史のなかで受け継がれてきた文化や伝統もあります。2022(令和4)年、全国41件の風流踊がユネスコ無形文化遺産に登録されました。京都市には六斎念仏があります。そのひとつ「久世六斎念仏」。そして、祇園祭の久世駒形稚児など、文化が今も大切に守られ、次の世代へと受け継がれています。

世代を超えて受け継がれる、
久世の伝統芸能である祭礼行事。
京都市の六斎念仏として国の重要無形民俗文化財にも指定されております。
毎年8月31日(旧暦8月1日)、蔵王堂光福寺の八朔祭法楽会で蔵王権現に奉納されています。
発願 四ッ太鼓 祇園囃子 やぐら 獅子舞 獅子と土蜘蛛など
久世六斎保存会が継承する16すべての演目を披露する一山打ち(いっさんうち)。『やぐら』は、二人の太鼓の細かな掛け合いに妙があり、熟練の技を要する難曲とされています。『獅子と土蜘蛛』の蜘蛛が獅子めがけて投げる芯入りの白色テープは縁起物とされ、その3つを家の神棚に1週間置き、芯だけを取り、財布に入れると金運や厄除けにご利益があると言い伝えられております。
ただ、現存する歴史を継承する書物等は限られ、伝承の経緯等まだまだ奥深いのです。
蔵王権現は日本独自の山岳仏教である修験道の本尊です。正式には金剛蔵王権現または金剛蔵王菩薩と言い、神仏習合の尊格です。総本山は奈良県吉野にある金峰山寺(きんぷせんじ)にあります。蔵王堂光福寺の鳥居をくぐった先に、吉野の桜が咲き誇るのには、そのような深いご縁があります。蔵王堂光福寺は南北朝時代は東寺に属していたが、近代は西山浄土宗に改めた。ご神体は50年に一度御開帳があり桜の木彫りであることも有名です。蔵王堂と光福寺は別々でありながら、近年では「蔵王堂光福寺」と言われています。綾戸國中神社の「國中宮」も、もとは蔵王堂内にあったそうです。

久世の子どもたちが受け継ぐ、
祇園祭との特別なつながり。
京都を代表する祇園祭。その祭礼で重要な役割を担う「久世駒形稚児」は、久世の綾戸國中神社(あやとくなかじんじゃ)の氏子から選ばれます。
選ばれた子どもは「お稚児さん」として、胸に木彫りの馬の頭をかたどった「駒形」を掛け、神幸祭・還幸祭で中御座神輿を先導します。
久世の子どもが大きな祭りの一役を担い、その姿を地域の人々が見守る。
祇園祭と久世との歴史的なつながりだけではなく、地域の文化を次の世代へ受け継いでいくことを感じられる伝統でもあります。
ただ、下記の絵本等以外に、駒形稚児がいつ・どのような目的で久世に引き継がれたのかの正式な伝承の記録・経緯等は不明であり、まだまだ奥深いのです。下記絵本内『こまがた』の話は、日本神話における「天岩戸隠れ(あまのいわとがくれ)」の伝承と通じる部分もあり、これからひとつずつ解明されていくことを願っております。
久世駒形稚児はスサノオノミコトの化身であるため、八坂神社境内に騎乗のまま参入することができる唯一の神とみなされます。
綾戸國中神社は、「綾戸宮(あやとぐう)」に「國中宮(くなかぐう)」が戦国時代に合祀された古社です。國中宮は、もとは蔵王堂のなかにあったそうです。遠く離れた伊勢神宮の遙拝所としての役割も担っております。
本殿縁に居る笏谷狛犬(しゃくだにこまいぬ 「越前狛犬」とも言う)は、16世紀の室町時代より造られており、福井県福井市の足羽山(あすわやま)で採掘された笏谷石を用いております。綾戸國中神社の笏谷狛犬の年代は不明です。

800年以上の歴史を受け継ぐ、
念仏の聖地。
京都府長岡京市西山の麓にあります。
久世の蔵王堂光福寺、安禅寺、浄光院、福田寺(行願寺・裕楽寺を含む)、萬福寺、西圓寺、善法寺は西山浄土宗です。乙訓郡久世村の名残かとも思っております。
1198年、法然上人の弟子である蓮生法師(熊谷次郎直実)が、この地に「念仏三昧院」を建立したことに始まります。
その後、法然上人のご遺骨が納められ、御本廟が建立されるなど、宗祖法然上人ゆかりの地として信仰を集めてきました。
1232年には四条天皇より「光明寺」の寺額を賜り、現在の寺名となりました。
800年以上にわたり受け継がれてきた歴史と教えを今に伝える、由緒ある寺院です。

親鸞聖人の教えを受け継ぐ、
浄土真宗本願寺派の本山。
久世の金蔵寺、西蓮寺は浄土真宗本願寺派(西本願寺)です。
その歴史は、1272年に親鸞聖人のご遺骨と影像を安置する「大谷廟堂」が建立されたことに始まります。その後、各地への移転を経て、1591年に豊臣秀吉から寺地の寄進を受け、現在へ移りました。境内には御影堂や阿弥陀堂をはじめとする歴史的な建造物や文化財が数多く残されており、本願寺は世界文化遺産にも登録されています。
長い歴史の中で親鸞聖人の教えを受け継ぎ、現在も多くの人々が訪れる浄土真宗の大切な場所となっています。

平安京の歴史を今に伝える、
弘法大師空海ゆかりの寺院。
創建から約1200年にわたり受け継がれ、1994年には世界文化遺産に登録された、京都、そして南区を代表する寺院のひとつです。2026年の社会を明るくする運動(社明運動)では、五重塔を黄色にライトアップし、温かな光が南区を照らしました。毎月21日朝7時より弘法市(弘法さん)の開催があり、骨董や露店1,000店の立ち並ぶ縁日となります。
平安京への遷都とともに建立された官寺で、現存する唯一の平安京の遺構です。
その後、嵯峨天皇から弘法大師空海に託され、
日本で初めての密教寺院として歩みを始めました。
境内には、五重塔をはじめ、金堂や講堂、御影堂など、歴史を伝える建造物が残されています。
「九条ねぎ」の由来にもなっているお話。昔、東寺の近くを歩いていた弘法大師(空海)が、突如現れた恐ろしい大蛇に追いかけられました。絶体絶命のピンチに陥った空海でしたが、近くにあった`ねぎ畑`へ飛び込み、身を隠したことで、大蛇の目を欺いて難を逃れることができたとされています。五重塔の最上部(相輪・宝珠)に、ねぎ坊主に似ているのはそうした由来からだそうです。また、ねぎの強い香りが邪気を払う魔除けとなるという話もあります。

京都最古の神社の一つとして、
古くから人々に親しまれる
スタンハート株式会社の地鎮及び火難厄除けとしてお力をおかりしておる京都洛西の総氏神として1300年以上の歴史を受け継ぎ、広く崇敬を集めてきた古社です。
その信仰の始まりは、太古の昔、松尾山の磐座に山の神を祀ったことにさかのぼると伝えられています。701年には秦忌寸都理によって現在の地に社殿が造営されました。
また、古くから開拓や治水などの守護神として仰がれ、「醸造祖神」として全国の酒造家はじめ、味噌・醤油・酢などの醸造に携わる人々からも厚い信仰を集めています。
このまちで暮らす一人として、できることを。
久世で育ち、地域の人や文化に触れてきたからこそ、
このまちをより良い形で次へつないでいくことを大切にしています。
人とのつながりを育むこと、
暮らしやすいまちを考えること、
地域の安心を守ること。身近なところから、自分にできる地域との関わりを続けています。
01

お祭りや地域行事への参加をはじめ、地域の方々との交流を大切にしています。
世代を超えて人が集まり、顔の見える関係が続いていくことも、
地域のつながりを育てる大切な活動のひとつです。
02

地域の催しや交流の場づくりなど、住民同士がつながる活動に
参加・協力しています。
子どもから高齢者まで誰もが地域とのつながりを感じられるまちを目指します。
03

地域の清掃や美化、防犯・見守りなど、
日々の暮らしを支える活動にも取り組んでいます。
身近な環境に目を向けながら、安心して暮らし続けられる地域づくりにつなげています。